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ヒナタノオト工芸帖

日本橋小舟町の工芸ギャラリー・ショップ「ヒナタノオト」の作品ノオト

卒業

ヒナタノオトオープン以来、ある時は美しきスタッフ、
ある時は首から下モデル、
そしてあるときはこぎん刺し作家「針の森」として、
皆さんに親しんでいただきましたカノウアヤコこと
狩野綾子さんが、秋田への転居に伴い、
スタッフを卒業?することとなりました。
お客様皆様にとてもよくしていただき、
カノウアヤコ大変感謝しておりました。
この場からもお礼申し上げます。

スタッフは卒業いたしましたが、「針の森」としては、
引き続き作品をヒナタノオトへ出品いただきます。

そして、4月から始まる新たなサイトでは、
「こぎん刺しの森」という企画を連載予定です。
こちらもどうぞお楽しみに!

また、狩野さんから、金安好江がスタッフを引き継ぎました。
紙漉きを行うカネヤスヨシエ。
まだ若干緊張気味?ですが、実はひょうきん部門担当?ですので、
どうぞよろしくお願いいたします。

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2000年冬の初めのこと。
ギャラリーらふとが、まだショッピングセンターの館内にあったころ
ある作家の洋服の展覧会を行いました。
その中に、作家もスタッフも一押しの一点があり、
どんな方に選ばれるんだろうね?と、言葉を交わしながら展示をしました。

初日の午前中、その服を選んだ人は、
独特なセンスを持った、私より少し大人のひとで、
迷うこともなく、すっとその一点を手にとりました。
その雰囲気、容貌、さりげない言葉のやりとりから、
思わず「すてきな方だねぇー」と、スタッフ同士でつぶやきました。

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ちょうどそのとき、店頭にそっと紙を貼りだしてありました。
「スタッフ募集」
その日の夕方、電話で問い合わせがありました。
電話の主は、あの一点の服を選んだ女性だったのです。

子どもたちの進路が定まって、これからの自分の時間の過ごし方を思われたのでしょうか。
面接ののち、スタッフとしてシフトに入ってくれたのが、狩野綾子さんでした。

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当時、館内にあったギャラリー・ショップは場所柄お客様もたくさんで、
取り扱っていた作品も多く、業務がいっぱいいっぱいでした。
ホンマユミコの細やかさも今の比ではなく、私だったら一時間も務まらなかったでしょう。
(今は、ずいぶん緩くなりました、あれでも(笑))
今まで主婦として家庭の柱として過ごしてきた人には、
それが理にかなったことであったとしても、どんなに大変なことだったかと思います。

狩野さんが独特のセンスとユーモアをもっていて、
狩野さんそのものでしかない豊かな個性があることに日々気づいていきましたけれど、
店頭ではなかなかガードを崩してくれないことを、もどかしくも思っていました。
もっとその個性のままにしてくれたらいいのに、と。

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店頭で、バックヤードで、ちょこちょこっとした造りもの、とくに縫物に、
抜群のセンスを発揮しはじめた狩野さんに、何か制作はしないのですか?
と、ある日問いかけました。
パッチワークをずっとしてきたけれど、思うところあってやめてしまったという
狩野さんに、弘前出身だけれど、こぎん刺しはしないのかしら?
と尋ねてみると、なんとなくピンとこない表情が帰ってきました。
けれど、さまざまな手芸を手がけてきて、独特のセンスを持つひとにとって、
縁あって工芸の世界に触れながら、美しい手の仕事に新鮮に向かう時だったのでしょう。
少しずつこぎんの世界に足を踏み入れていったのでした。

その後、らふとが館内から庭に移り、「○+(まるたす)」というユニットで
共にものづくりを始め、ヒナタノオトのオープンに合わせては、
針の森」を立ち上げた狩野さん。
布選び、形態のデザイン、意匠のデザイン、色づかい・・・
ほかの誰のものでもない、ひとりの作り手から生まれてくる魅力あふれる
こぎん刺しの誕生を、ヒナタノオトで皆さんに見ていただいてきました。
作る→見てもらう
素敵な目を持つ皆さんに見ていただくことで、
狩野さんの世界がぐんぐん深く広くなっていったのでした。

昨年の12月には故郷の弘前で、そして1月にはヒナタノオトで作品展も開催して。
たくさんの方がたから、的確な賛辞をたっぷりと受けました。
こぎん刺しという表現の世界を、しっかり自分のものにされた狩野さんは、
今、どんなに自由でひろやかな世界に心があることでしょう。

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ヒナタノオトに移ってからの狩野さんは、すっかり素?のユーモア全開で(笑)、
ウサ村さんとはまた違ったムードメイカーでした。
そうはいっても、年下の私からの頼まれ仕事でもいつも笑顔で受けてくれて、
スタッフとしての仕事は変わらず丁寧に誠実に行ってくれました。
そして、ちょっと私が弱気になったりすると、絶妙な励ましを投げかけてくれるのです。
「自分のお店なんだから、自分の好きなようにやらなくっちゃねー」
これでも、つい変にまじめ、いい子ちゃんモードになりがちな私の固くしまってしまうネジを、
ゆるゆるとほぐしてくれて、朗らかな気持ちに戻してくれるのです。
何度心が救われたことでしょう。

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秋田という遠く離れた地に移られるのは、ほんとうに胸を締め付けられるように寂しくて、
心細くさえ思います。
でも考え方を変えてみると、この約10年、ほんとうにご一緒できてありがたかったなぁ。
出会えてよかったなぁ。
そう心から思います。
人は会えばいつか別れるのですけれど、
なんと幸福な出会いで、幸福なひとつのピリオドかと思います。
このピリオドは、ある場でのことで、また新たなつながりが始まっていくのですから。

卒業!の送辞、ではないけれど、この場に想いを残しておこうと思います。
皆さんへの感謝もこめて。

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