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ヒナタノオト工芸帖

日本橋小舟町の工芸ギャラリー・ショップ「ヒナタノオト」の作品ノオト

故宮博物院から

さて、台北では故宮博物院にも出向きました。
さくっと下調べをした段階で、実はさほど興味は持てなかったのでした。
作り手の日常から離れた「すごいもの」を見ることに、
自分の興味のベクトルが向いていない、ということもあります。

献上品。
というものに興味がないのです。
材と技を極めて、競うように作られたもの。
それらを追って見るよりも、じゃあ、どんなものに自分は惹かれるのか、
それを追う方にエネルギーを注ぎたいって思っています。

もっとも、研究者ではない素人の浅知恵ですから、
専門に学んだり探求なさっている方には、
失礼な物言いになっているかもしれません。
あくまでも私個人の好みのことです。

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帝に献上するためにものを作る。
今の日本だったら、それって何に近いだろう?
大きな展覧会に出展して賞を得る、というようなこともあるでしょう。
でも、案外、私の身近な世界でも、発想が似たようなことは多いと思う。
いわゆるマーケティングや流行りに乗る、ということ。

念のために書けば、マーケティングや流行りがワルイ、
と言っているわけではないのです。
ただ、何を作るかを、誰かに委ねるのではなくて、
作るもの自体が、作る人の中から出てくることに、惹かれるのです。
こんなにモノがあふれて、尚個人で仕事としてモノを作り出すのなら、
その人の芯があるものであってほしいから。

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思い返すと、1990年代半ばくらいから、「シンプルの波」が
ギャラリー・ショップにもやってきたように思います。
バブル期が退いていったのと時を同じくして、加飾されたものが遠ざけられて、
無地のテクスチャーへの共感が高まったように感じます。
かく言う私も、好きです、テクスチャー豊かな質素な風合い。
たしかにただ意味もなく文様を載せただけのもの、
豪華さを際立たせるものには、心が動かないですもの。

けれど長くそんな傾向が続くと、ちょっと窮屈な気持にもなってきました。
なんでもシンプル、ベーシック、テクスチャーの美しさでいいのか。
もっと言えば、センスがいいっていうのは、そういうことだという強迫観念のような
(大げさですが)ものが刷り込まれてしまって、
なんだか伸びやかな感じを押さえ込まれているような。
そして、それらの焼き直しみたいな作品を作る作家が増えて、
ちょっと食傷気味でもあったのです。

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さて、今回の「小さき文様を綴りて」には、
そんな想いが原点にありました。

針の森さんのこぎんは、
こぎんが本来持っている文様の想いやその技術を尊重し、
その上で、今、ここに生きている自分が刺したい文様を、
生地や糸、色や形に託して綴っていきます。
そうして、針の森さんにしかできないものが生まれてきます。
その素敵さ、すばらしさは、ひとりの作り手のまん中から。
そんなものに、惹かれるのです。

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故宮博物院の話から、飛びましたが(笑)、
あらためてそんなことを確認した時間でもありました。

それでも、故宮博物院、いろいろな企画が行われていて、
造形と美意識─人物・民俗篇 」(会場:210)
の稲作の過程と、布づくりの過程を描いた民俗の絵、「耕織図」。
(民俗画ではありませんが)
と、
「筆に千秋の業あり─書道の発展」 (会場:204, 206)
は、特に興味深く見入りました。
書は、ぜひきちんと習ってみたいことのひとつです。
たくさんの書を見て、字が読めなくても(笑)、
自分の呼吸とここちよく合う書に出会います。
線は命ですね。書の。
自分の心を整えるひとつにも、書をしたいとあらためて思いました。

ほか、 「新しい典型の建立-宋・元」(会場:203)
でも、美しい肌合いの陶磁器に接しました。

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展示を見た後は、こちら

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本館4階の茶芸館(↑の画像はhpより)

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鉄観音と粽。

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豪華な雰囲気のなか、静かなひとときを。
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お茶については、前日堪能したすばらしいお茶のお店のことを。
&おいしかったものもまた。

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