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ヒナタノオト工芸帖

日本橋小舟町の工芸ギャラリー・ショップ「ヒナタノオト」の作品ノオト

あらためて・・・

070909a

3年前に出版した「手しごとを結ぶ庭」。
千春さんの仕事についても書きました。

最近あらたにこのブログにいらしてくださる方もいらっしゃいますので、
read moreに、写しだしてみました。

3年経っても、書いた内容にブレを感じないでいられるのは、
千春さんの仕事がブレずに、その起点からますます進んでいるからでしょう。
そして、その延長上に新たに綴りたいことも。。
10年後に、「その後の手しごとを結ぶ庭」が生まれるでしょうか?

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優しさってなんだろう。
手作りの優しさ、作り手の優しさ。
工芸を紹介する仕事の中でこの言葉にはよく出合う。
優しい雰囲気、ほっとする温もり。作られたもの、作った人。
確かに「優しい」ことと遠くはないけれど、
この言葉にはすべてを許してしまう魔法が潜んでいる。
この仕事と巡りあってからずっと、魔法を使ってしまいたくなくて、
慎重に向かい合ってきた言葉のひとつ。

同じことを思い続けていると、答えはある日そっとやってくる。
昨日まで影っていた廊下に届いた春の日差しのように、
若い作り手、萩原千春さんの作るポットでお茶を淹れるようになってから、
工芸の、工芸作家の優しさがこんな当たり前のところにあったのだと気づかされた。

千春さんの器に出会った十年近く前、
そこには呉須(青)や、鉄(茶)の線描が施されて、
愛らしい表情を湛えていた。大学から陶芸を始めた人は、
ひたすら手を動かすことにのめり込んで、轆轤が得意になった。
表現にこだわる学生が多い中、黙々と手の仕事に励む千春さんは、
少し変わって人の目に映っていたかもしれない。
そして、確かに成形は上手いかもしれないけれど、
なんだか面白みがないなぁとも言われた。
そんな言葉に反発して造形的なものにも挑戦し、
迷いながら制作を続けていた時、ふと投げかけられた言葉に光が射した。

「どうせ作るのなら、周りにいる人に喜んでもらえるものを作ったら」
曇りが晴れれば、作りたいものは目の前にあった。
一緒の時間を過ごす時の器、そう、食卓の器。食事が楽しくなるように。
そう希って、器に絵を添えた。軽やかに線を躍らせて器に表情を出す。
見て心楽しくなる器を作っていった。

しばらくして、パリに行ってきます、と爽やかに文字が躍ったハガキが届いた。
母校が行っているパリ賞を受賞し、
一年間を大学の所有するアパルトマンに滞在することとなったという。
パリには新婚の朋子さんも同行した。
朋子さんは大学の後輩で、やはり陶芸の道を歩き始めたばかりだった。
家族となったふたりが始める異国での暮らし。
そのまっさらな生活には、心が本当に喜ぶものが必要だったことだろう。

「周りの人に喜んでもらえるものを作ったら」
図らずも、千春さんはその原点を実践することとなった。
パリから戻るとふたりでまず工房を築き、
その窯で千春さんは急須やポットを作り始めた。
お茶屋さんにとことん使いやすい注器を頼まれたことがきっかけで、
難しい注文にも食らいつくようにして作り直した。
陶磁器の中で作り手の技量がもっとも問われるのが、
お茶を淹れる器だろう。これほど使う人の手に、使い心地を味あわせる器もない。
そして使い心地の後には、お茶そのものの味に、器としての力量が現れてくる。
そんな難しい器作りに没頭して、
お茶屋さんにも何とか認められる器が出来るようになっていった。
けれど、千春さんの喜びは、そのポットを朋子さんが
気に入ってくれたことだったのかもしれない。
ふたりのお茶の時間は自然と長くなっていった。

今日、私は香ばしい加賀棒茶を淹れた。
食器棚からポットを取り出す。蓋を取る。茶葉を入れる。
湯を注ぐ。葉が開くのをしばらく待つのも心楽しい。
頃合いを見計らって取っ手に指を。
蓋を押さえて、カップにお茶を注いでいく。
どのしぐさにも、器の使い心地が指から伝わる。
陶芸と関わってきて、こんなに快いポットに初めて出会った。
千春さんのポットや急須が使いたくて、私もお茶を飲む機会が増えた。

使う人が優しい気持ちになってくれるように。
そのために、千春さんは技術を高める。
ものづくりとして当たり前のことを、まっすぐにすること。
それが優しさ。

楽しい器を作ろうと絵を描いていた頃、
どこかで絵を描くためのキャンバスとしてかたちを作っていたのかもしれない、
と千春さんは言う。
でも今は、手からの感覚を大切にしたい。
器そのものをまん中に思いながら、
じっくり自分の手と響きあうかたちと出合っていきたいと、思いが定まった。

視覚で感じる美しさもいい。
けれども、使ってみるとがっかりする「工芸作品」にもたくさん出会った。
紹介者として、選んだ人にがっかりして欲しくはない。
デザインや雰囲気は素敵だけれど、素材の選び方や技術に問題があるものは、
所有したことで喜びが終わってしまう。

陶芸と関わってきて、こんなに使い心地の良いポットに初めて触れた。
千春さんのポットを使うお茶の時間に味わう優しい気持ちは、
工芸の原点と通じている。
労多く地味だけれど、確かな仕事。

作りながら、作られていく。
誠実で優しい仕事の重なりが、千春さんの個性を時をかけて、
そっと器に醸していくだろう。

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