ヒナタノオト工芸帖

日本橋小舟町の工芸ギャラリー・ショップ「ヒナタノオト」の作品ノオト

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さくら文様

先日お訪ねした加賀の橋本薫さん。
曽宇窯として美しい色絵の器を作り続けています。

実は薫さんとは、焼き物を通して出会ったのではなく、
俳句の投稿を通してでした。
私は俳句から遠ざかって12年以上になりますが、
薫さんはその間も詠み続けています。
そして、たいそうな読書家でもあって、
加賀の小さな村の小川のせせらぎのほとりに暮らしながら、
思考は古今東西を、自在に飛び回っているようです。

薫さんがずっと描き続けてきた文様。
薫さんが手がける前から、ずっと人の手を通して描き続けられてきた文様。
そこには、人の思いがたしかに息づいているものでした。

人が何か絶対的なものの前に
(それはひと言にしてしまえば自然ということでしょうけれど)
祈りをこめるしか術のなかった時代に、
その思いを託すもののひとつに文様があったのではないでしょうか。

今、その頃と同じように文様へ祈りをこめることは少なくなったけれど、
その意味をあらためて知ってみたい。
そんな風に思います。
文様に描かれた思いを、日々の暮らしの中で楽しむことができたなら。
工芸を通して、新鮮な生活のシーンが生まれていくような気がします。

:::

ということで、
薫さんに「文様つづり」というテーマで、折々文章を寄せていただくことになりました。
私と違って、知的な!文章ですし、
古文や知らなかった本や著者名なども出てくるかと思いますが、
読んでいただきやすいいように、改行させてもらっています。
でも、難解なお話しではないので、何度か味わいながらお読みいただければ、
と思います。(わたしもそうしています。)
第一回は、まさに、今、「さくら」です。

010409c

:::

「さくらの古名は、ははかというのよ」とおしえてもらったのは、
吉野山、中千本の茶店でのことでした。
水分神社の枝垂桜が一気に満開へ向う暖かな日で、
突き出しの山菜を食べ終わる頃には、
花吹雪が眼下の谷を薄紅色の龍のように流れていました。

古事記にも天岩戸のまえで神々が
「天の香具山のははかとって占ひ」と、あります。
さくらは聖樹だったのでしょう。
さくらの一木造の立木仏がしばしば見られるのも、
聖樹としての桜への思いが揺曳しているからかもしれません。
「ははか」、遠くからの声のようなかそけき響き。

なかでも植物文様は風土と、そこに育まれた文化を映しだします。
文化はそれぞれのトーテムの花をもっているといってもいい。
ヨーロッパでは薔薇が、オリエントでは石榴やナツメヤシ、
エジプト、インドの蓮、などなど。

それらの花々は文様ばかりでなく文学にもさまざまに咲き誇っています。
日本ではやはりさくらでしょう。
万葉集には梅のほうが数多く詠まれているとはいえ、
さくらのうたもないわけではない。「この花」といえば桜です。

  このはなの一節(ひとよ)のうちに百種(ももくさ)の
                  言ぞ隠れるおほろかにすな  

                                 藤原広嗣(巻八)

さくらへの並々ならぬ思いが伝わってくる一首ですね。

  うちなびく春きたるらし山の間の遠き木梢の咲き行くみれば   

                                 尾張連

このうらうらと咲き行く梢もさくらでしょう。
渓流釣りに谷筋をたどっていると今でもこの歌のような景色が眺められます。
ある夕暮れ、谷川を溯上していて不意に一幹のさくらにであいました。
蔓に絡まれた、その木は、はらはらと花びらを零しつつ、
黄昏の光のなかに佇んでいました。
うつろいながら同時に永遠そのもののように。
不思議なものを見た、と思いました。

:::

さて平安時代に入ると桜は文学の中に繚乱と花開きます。
源氏物語のあまたの女性たちの中で、
紫の上が樺桜になぞらえらえているのも、その例。
ただ工芸の伝世品は残念なことに多くはありません。
数々の歌に歌われたさくらをどう表現し、
身近に置いていたかしりたいものです。
例えばこの歌のような。

  はかなくて過ぎにしかたを数ふれば花にもの思ふ春ぞ経にける  
                      式子内親王(新古今集巻二)

「花にものもふ春」、
私の好みに引き寄せて解釈しすぎているかもしれませんが、
内親王のもの思いはまるで近代のアンニュイのようです。
多くの女性歌人の中で、複雑な心境をのぞかせる
式子内親王の花の歌が私は好きです。
万葉の古代的呪力を帯びた花から、
桜によせる心の振幅のなんと大きくなっていることでしょう。
しかし、式子内親王の歌は、さくらのはかなさだけを歌っているのでしょうか。
たしかに、絵画の中のさくらは、六道絵の屍の傍らに描かれ、
湯女や遊女の着物に描かれ、地上の歓楽のうつろいやすさの象徴のようにもみえます。
そのとおり花はたちまちうつろい消え去りますが、
その無はたんなる無ではない。
それは闇の中に犇く螺鈿の青貝の妖しさにも似て怖ろしいまでに充実した無です。
枯山水の庭に響き渡る水音のように、
そこにない花はかえって私達の心を捉えて放しません。

文様は華美で無意味な装飾ではありません。
人々にとって深い意味のある象徴だからこそ廃れることなく変化し続け、
生きながらえるのです。
仏教的無常観もさくらという象徴を得て、
日本人の心に根を下ろすことができたのではないでしょうか。
武士の時代になると、桜文様は能衣装の中に、
蒔絵のなかに満開のときを迎えます。

名月碗の朱漆の中にひんやり輝く青貝のさくら。
古九谷の大皿の濃緑の苔の上に散る紺青の花。
最もうつろいやすいものの中に永遠を感覚すること。
それはきわめて日本的な心のありように思えます。
両極とも見えるものが、此の花の一節の中に咲いています。
呉須で蒼い桜の花を描いては、透明な釉薬の下に永遠に閉じ込める。
私も染付のさくらを描きながら、遠い春の夕暮れに見た、
名もない桜の気配を自分なりにたどってみようとしているのかもしれません。
                                  
                                        橋本薫

:::

花はたちまちうつろい消え去りますが、
その無はたんなる無ではない。
それは闇の中に犇く螺鈿の青貝の妖しさにも似て怖ろしいまでに充実した無です。
枯山水の庭に響き渡る水音のように、
そこにない花はかえって私達の心を捉えて放しません。

単なる無ではない無。
桜に寄せる思い。
薫さんが、
染付のさくらを描きながら、遠い春の夕暮れに見た、
名もない桜の気配を自分なりにたどってみようとしている

姿。
呉須で蒼い桜の花を描いては、透明な釉薬の下に永遠に閉じ込める
思いを、この春はことに近くに思うのでした。

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