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ヒナタノオト工芸帖

日本橋小舟町の工芸ギャラリー・ショップ「ヒナタノオト」の作品ノオト

松あけて

猫帖ですので、興味のない方はスルーを。

sameronae

ご心配もいただきましたが、メロン、3日の夜永眠しました。
最後の日、終日一緒に居られました。
もうトイレにも行けなくなって、すやすやと草花のように眠っていたメロン。
1時間おきに寝返りを打たせてあげました。
日中には抱き上げて、ひととき南の窓をあけて太陽の輝きや、
燃えるような夕陽を一緒に浴びました。
夜9時、一瞬の痙攣ののち、すうっと息を引き取って。
母と私に撫でられながら、16歳、大往生といえるかもしれません。

11月の半ばから、何よりメロンが、そして私もできる限りをしてきましたから、
きっとこれ以上は無理だっただろうと思います。
日に日に弱っていく姿はつらかったけれど、すべてが自然のことで、
薄くなっていく命の傍らにいられたことは、ある意味幸せだったとさえ思います。
それでも、ふと思い出しては涙ぐんでしまう。
16年一緒にいて、一言も「日本語」で語り合ったことはないのに、
不思議とメロンと言葉を交わしていたとしか思えないのはなぜだろう。

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16年前の1月。
ちょっとした外科手術で入院していた私は、病室で2年前に交通事故で亡くした
三毛猫モモのことをなぜだかずっと想っていました。
ささいな手術に痛がる自分と、苦しさを表にださなかったモモを比べて、
自分を励ましていたのかもしれない。
そして猫という生き物の醸し出すなんともいえない柔らかさを思い出して、
ああ、また猫と暮らしたいなぁと思ってばかりいました。

きんと冷えた冬晴れの日。
退院して戻ったアパートの玄関口に、三毛の仔猫が座っていた。
どうして?ほんとうに?
玄関を開ければ、当り前の顔をして入ってくる。
動物は飼えないアパートだったけれど、まるでモモが帰ってきてくれたように
思えて思わず抱き上てしまった。
メロンと名付けたその猫は、その後実家での暮らしを経由して、鴨川へと越し、
ずっと共に暮らしてきた。

11年の鴨川暮らしののち、副鼻腔炎をこじらせて、看取る覚悟で実家に連れ戻した。
見事に回復して3年。けれど高齢猫の宿命ともいえる腎臓病には勝てなかった。

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猫と暮らしたことのあるひとなら、きっと知っている。
彼女たちが言葉を話していたことを。
そしてその言葉は、自分の心のかたわれでもあったということを。

たましい、それが何なのか。
あるのだと思うけれど、目の前で生死の際を見届けてみれば、
それがどんなものなのか、一層わからなくなってしまう。
そのことはゆっくり心の中で、行きつ戻りつ想ってみよう。
けれどこれだけは、はっきりと今でもわかる。
生きていた者の時間は、これからも生きている者の時間に生きていくのだと。
メロンと暮らした16年は、ずっと私そのものにつながっていくのだと。

16年前と同じ1月。
どうしてあの日、あの場所にメロンはやってきたのだろうね。
不思議な現れ方をした猫だったなぁ。
けれどほんとうにありがとう、やってきてくれて。
今はただそう思うばかりなのです。

030109d
(絵:母が描いたパステル画のメロン)

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