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ヒナタノオト工芸帖

日本橋小舟町の工芸ギャラリー・ショップ「ヒナタノオト」の作品ノオト

札幌にて

札幌には、まだこんなに雪が残っているなんて!
それは想像を超えたものでした。
デンマーク好きな私としては、あの冬の凛とした空気を思い出してうれしくもあり。
けれど、すべってころんで、、にならないように、気を引き締めて、
一歩、一歩踏みしめて、高橋朝子さんに会いにゆきました。

asacoa


2001年、第一回工房からの風で出会った朝子さん。
5月にヒナタノオトで個展を行っていただきます。
かれこれおつきあいも7年目に入るのですね。
じんわりじんわり、そのお仕事に惹かれていった気がします。
今回、電話やメールではなくて、お会いして目を見交わして話したいことがいろいろありました。
一番のこと。
それは、朝子さんがどの方向で制作を進めていかれたいのかということ。
慎み深く、優しすぎる朝子さんなので、私の力のなさから、ちょっと迷ってしまったのです。
私の見ている朝子さんの方向って、もしかして、作者の望んでいない方向なのでは??
などと。

やっぱり、会うっていいですね。
ゆっくりいろいろなこと、それは他愛もないことも含めて、気持ちを通わせて言葉を交わす。

私が大切に思う作り手のひとつの姿に「実生のひと」というものがあります。
順当な場所からではなく、誰かに蒔かれたり、移植されたりしたのでもなく、
思わぬ場所から種を芽吹かせ、自力で葉を茂らせていくひと。
理系の研究者の道から木工に進み、木彫りと言えば、アイヌのクマさんと思われてしまうという
北海道にあって、黙々と自らの目指すものづくりへと歩いてきたひと。

その目指しているもの。
それは、朝子さんの中にあって、職人的なオーダーの世界ではないのだということ。
そして、一見、「かわいい」という世界や、ディーテイルを彫り込んでいった細密なものではなく、
ざっくりとした鑿(のみ)跡ながら、なんとも味わい深い木彫りの人形の姿を
探り出したいのだということ。
(作者はおこがましいとおっしゃるでしょうが、
それは円空のようなものを遠くに描いていることと推察します)

ヒナタノオトがオープンしたとき、
朝子さんが「読書をする女性」を彫ってくださいました。
その姿は、そのひとつの姿を現しているように。。
人の営みの姿を、静かに掘り出す。
そして、それはどこか最後の一寸の余白を残して。
その余白が朝子さんのよき慎み、に結びついているように思いました。

asacob

(朝子さんの作品、その後ろ姿も、なんともいいのです)

以前、お客様の希望通りの人形(ペットをモデルにしたものなど)を作ったこともあって、
それは、自分のやっていきたい方向ではないなぁと悟ったという朝子さん。
そうですね。
職人さんと作家との違いはここにあるかもしれません。
どちらがいいというのではなくて。

スウェーデンの木工学校で木工を学んだ朝子さん。
わたしもデンマークで木彫の人形と何度か出会いました。
家の中で過ごす時間を大切にする北欧の人たちが、こどもから大人まで変わらずに
住まいの空間で共にある木彫人形。
そのようなたたずまいの人形を、朝子さんのモチーフで構成した作品展で、
ぜひ、ご紹介したいと思います。

昼下がりから深夜、そして翌朝と、たっぷり楽しくお話ができて、
朝子さん、チャージしてくださったでしょうか。。
5月には、きっと高橋朝子ワールドがヒナタノオトにたっぷりやってきてくれることと思います。
ちょっと先のことですけれど、どうぞおたのしみに!!

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朝子さん、基本的にオーダー制作をなさいません。
一時、ご本人もその窓口を設けていらっしゃったのですが、
いろいろなさってみて、ご自分の方向と違うなと思われたとのことです。

けれど、お話の中で、それであれば、私のモチーフとして作りたい!
と思われることもあるかもしれません。
それは、ご依頼主と「目と目を交わして」合意できるかどうかのようです。

なんて、ちょっと大仰に書きましたけれど、
これって、ほかのジャンルではごく、あたりまえなことでもありますね。
職人さんならば、依頼主に何でも応じるのが度量かもしれませんが、
作家に扱っている素材だからと、なんでも頼んでみても、それはやっぱり無理ですから。
作家は技術だけを磨いているのではなく、何を表現するかも磨いているのですもの。

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