FC2ブログ

ヒナタノオト工芸帖

日本橋小舟町の工芸ギャラリー・ショップ「ヒナタノオト」の作品ノオト

自分のカード

いちがつ。
早くも、晦日。
まもなく、立春も迎えますね。

まっさらな気持ちで迎えたはずの元旦。
なのに、すでに曇らせてしまったことありませんか。
わたしにはなさけなくも、いくつかの滞らせてしまっていることが。
ようやく月末にかけて、少しずつ進んできて、
光が射しこんできたように。。。
時の巡りの不思議。
成熟しているのか、腐敗していくのか。
紙一重だけれど、たしかに、それは違うこと。

:::

そんな中のひとつ。
なかなか進まなかった原稿。
思い切って編集者さんへお渡ししたことで、
自分のものを醒めてみえるようになった。

何を書いているのだろう。
何を書きたいのだろう。

:::

庄野潤三の初期の作品を読む。
「静物」など。
人を書くのが、小説なのだろうけれど、
そのまわりのもの、
それは描写と言ってすませたくない、ものの姿。
それをを生き生きと書けたならば、
人のことを書く小説も生き生きとしたものになるのだろう。

:::

ストーリー、できごと、意味、としての本を読みたいというよりも、
自分にとって心地の良い文体の海の中で漂いたい、
と無性に思うときがある。

用途としての器だけなら、なんでもよいのだけれど、
手触りや風合いといった、あいまいなごく個人の好みの器を求めるように。

:::

そして、やはり、須賀敦子さんの本を開いてしまう。
もう何度も読んでいるのだから、ストーリーを読みたいわけではないのに。
文字という織物の感触を味わいたいのだろうか。

:::

デンマークのことを書きながら、ガイドブックを書いているのでもなく、
小説を書いているのでもなく、では、何を書きたいのだろう、と迷路に入ることがある。
16回渡った中でデンマークで体験した、家や暮らし、そこで紡がれるhygge
という感覚につながったことを書いているのだけれど、
伝えようとする気持ちがまさると、説明になってしまってつまらない。

:::

suv

「ヴェネツィアの宿」
の中の一編、「カラが咲く庭」。

・・・ヨーロッパにいることで、きっとあなたのなかの日本は育ち続けると思う。
あなたが自分のカードをごまかしさえしなければ・・・


日本を離れて、進まない勉学や、触れていない日本語への
じりじりとした気持ちを抱く筆者に、寄宿先の修道女マリ・ノエルが語った言葉。
さまざまなことで行き詰ると、このフレーズがふと浮かぶ。

今書いている原稿も、きっとそうだ。
北欧、デンマーク、というステレオタイプに寄って書いてしまうことは、
わたしのカードをごまかすことだ。
北欧ブームの流れに乗って書きたいのではないのだから。

では、自分のカード、ってなんだろう。
自分のことが一番わからない。
けれど、わからないから、光に向って掘り進む。
トンネルを掘るようだなぁ、原稿も。。。

:::

自分のカード。
ヒナタノオトで紹介したいものつくるひとたちは、
そのカードを探し、育み、生かしているひとたちなんだね。
つい、サービス精神が出て、余計なことまでしてしまうわたしだけれど、
そんなひとたちとのかかわりの中でも、
自分のカードをごまかさないことを学んでいる。きっと。

PageTop