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ヒナタノオト工芸帖

日本橋小舟町の工芸ギャラリー・ショップ「ヒナタノオト」の作品ノオト

赤子

工芸の話ではなく、家族やらの徒然。

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日々誕生するいのち。
私の家族でも、そしてご縁のある作家さんにも、
ここのところ、玉のような赤ちゃんが産まれた。
そのちちははの表情、赤子のやわらかさに触れれば、
微笑みは自然にあふれてくる。

元気でさえいてくれれば、
その願いが叶って、漲るほどに元気ないのちもあれば、
生きることを必死に探りながらもがく小さきいのちもある。
そして、それを守り、育てるちちははの心を想う。
その子を授かる前の心とは、
大きさも深さも計り知れないほど異なっているだろう。
そのちちははと迎えるヒナタノオトでの秋の日の仕事。

そして、日々消えていくいのちも。
真夜中の緊急救援センター(ERとはこういうものだったのですね)
担ぎ込まれた患者の家族たちの表情。
消えた命を受け止めていくひとたちの嗚咽。
気づけば手術室の控え室に、所在なくひとり座る午前2時。

救急病棟から一般の個室に移り、約1日の拘束具から放たれた父との会話には
夢とうつつが織り混ざる。
つじつまの合う話の流れから、一転して不可思議な話へ。
とうに亡くなった母方の父(私の祖父、父の元義父)に会ったよという。
どこで会ったの?
と聞けば、ここで会ったよ、と返す。
でも、悪いから声をかけなかったよと言う。

それが不思議なことだと父は思っていない。
父にとってはリアルなこと、現実、なのだ。
そしてふと思う。
もしおじいちゃんに声をかけて言葉を交わしていたら、
父は彼岸に行っていたのではなかったかと。

豪放磊落に生きて、周りをかえりみず、
誰も信用せず、誰も愛せず、
今ただひとり訪ねる娘にさえ心許すこともない。
そのことがかなしくて、帰り道ではいつも少しなく。
けれど、このひとにも、ちちになった日があったのだ。
その日、まるまると健やかだった私は、
きっと少しは、父を微笑ませたのではなかったろうか。

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