
佐野洋子さんが亡くなられました。
私が佐野洋子さんの著作と出会ったのは、大人になってから。
たまたま本屋さんで開いた本を立ち読みして、
涙が止まらなくなって困ったまま、
レジに本を抱えて行ったのを今もよく覚えています。

100万回生きたねこ (佐野洋子の絵本 (1))
:::
佐野洋子さんには19年前、私が20代の終わりのころに、
展覧会をお願いしたことがありました。
まだギャラリーの企画を任されて3年目くらいでしたしょうか。
今のように工芸とくくらずに、アート全般で企画を捉えていたころ。

女に―谷川俊太郎詩集
ちょうどこの本が出た年で、この本の挿絵である
エッチングの展覧会をしていただきました。
杉並のお住まいにお伺いして、エッチングの工房を見せていただいたとき、
白いTシャツがとても似合っていらしたことをよく覚えています。
低めの声で淡々と話される言葉を、どこか上気したまま聞いていました。
楽しかったのは、お茶をいただいたとき。
「谷川さん、お客さんが気になって、ずっとそわそわしてるわよ」
と、おっしゃって、
「谷川さん、入ってきたら?」
と、これまたそっけないまでの声で廊下に向かって声をかけられたのでした。
すると、間髪いれずに目をくりっくりにさせた谷川俊太郎さんが
お部屋に入って来られて。
谷川さんが甘いものがお好きだと伺っていたので、
市川の銘菓ちもとの「手児奈の里」を持参したのですが、
期待満々で召し上がられたのに、どうもイマイチお口に合わなかったみたいで、
微妙な空気が流れたり。
今、数えてみたら、その時の佐野洋子さんは53歳。
すっきり、さっぱりとされていて、でもとっても女ぽかった。
:::
初めての
あなたの初めてのウィスキー
初めての接吻 初めての男
初めての異国の朝 初めての本物のボッシュ
しかもなおいつか私は初めての者として
あなたの前に立つだろう
その部屋の暗がりに 生まれたままの裸で
:::
迷子
私が迷子になったらあなたが手をひいてくれる
あなたが迷子になったら私も地図を捨てる
私が気取ったらあなたが笑い飛ばしてくれる
あなたが老眼鏡を忘れたら私のを貸してあげる
そして私は目をつむり頭をあなたの膝にあずける
:::
蛇
あなたが私のしっぽを呑みこみ
私があなたのしっぽに食らいつき
私たちは輪になった二匹の蛇 身動きができない
輪の中に何を閉じこめたのかも知らぬまま
:::
後生
きりのないふたつの旋律のようにからみあって
私たちは虚空とたわむれる
気まぐれにつけた日記 並んで眠った寝台
訪れた廃墟と荒野 はき古した揃いの靴
地上に残したわずかなものを懐かしみながら
:::
「女に」の詩に流れる空気そのままのおふたりに出会えたこと。
芸術、というものが人の営みの只中にあって、
その生命感あふれる、不思議な息吹に触れられたこと。
それは、これからもずっと、心の宝箱の中にありつづけることでしょう。
:::
私が佐野洋子さんの著作と出会ったのは、大人になってから。
たまたま本屋さんで開いた本を立ち読みして、
涙が止まらなくなって困ったまま、
レジに本を抱えて行ったのを今もよく覚えています。

100万回生きたねこ (佐野洋子の絵本 (1))
:::
佐野洋子さんには19年前、私が20代の終わりのころに、
展覧会をお願いしたことがありました。
まだギャラリーの企画を任されて3年目くらいでしたしょうか。
今のように工芸とくくらずに、アート全般で企画を捉えていたころ。

女に―谷川俊太郎詩集
ちょうどこの本が出た年で、この本の挿絵である
エッチングの展覧会をしていただきました。
杉並のお住まいにお伺いして、エッチングの工房を見せていただいたとき、
白いTシャツがとても似合っていらしたことをよく覚えています。
低めの声で淡々と話される言葉を、どこか上気したまま聞いていました。
楽しかったのは、お茶をいただいたとき。
「谷川さん、お客さんが気になって、ずっとそわそわしてるわよ」
と、おっしゃって、
「谷川さん、入ってきたら?」
と、これまたそっけないまでの声で廊下に向かって声をかけられたのでした。
すると、間髪いれずに目をくりっくりにさせた谷川俊太郎さんが
お部屋に入って来られて。
谷川さんが甘いものがお好きだと伺っていたので、
市川の銘菓ちもとの「手児奈の里」を持参したのですが、
期待満々で召し上がられたのに、どうもイマイチお口に合わなかったみたいで、
微妙な空気が流れたり。
今、数えてみたら、その時の佐野洋子さんは53歳。
すっきり、さっぱりとされていて、でもとっても女ぽかった。
:::
初めての
あなたの初めてのウィスキー
初めての接吻 初めての男
初めての異国の朝 初めての本物のボッシュ
しかもなおいつか私は初めての者として
あなたの前に立つだろう
その部屋の暗がりに 生まれたままの裸で
:::
迷子
私が迷子になったらあなたが手をひいてくれる
あなたが迷子になったら私も地図を捨てる
私が気取ったらあなたが笑い飛ばしてくれる
あなたが老眼鏡を忘れたら私のを貸してあげる
そして私は目をつむり頭をあなたの膝にあずける
:::
蛇
あなたが私のしっぽを呑みこみ
私があなたのしっぽに食らいつき
私たちは輪になった二匹の蛇 身動きができない
輪の中に何を閉じこめたのかも知らぬまま
:::
後生
きりのないふたつの旋律のようにからみあって
私たちは虚空とたわむれる
気まぐれにつけた日記 並んで眠った寝台
訪れた廃墟と荒野 はき古した揃いの靴
地上に残したわずかなものを懐かしみながら
:::
「女に」の詩に流れる空気そのままのおふたりに出会えたこと。
芸術、というものが人の営みの只中にあって、
その生命感あふれる、不思議な息吹に触れられたこと。
それは、これからもずっと、心の宝箱の中にありつづけることでしょう。
:::
そして、昨年、本屋さんでパラパラと頁をめくって、
心臓がドクドクとするのを意識したのも、佐野洋子さんの著作でした。
シズコさん (新潮文庫)
身近なひとを、曇りなく好きと思えないことのかなしみと、
けれども関わらずにはいられない日々の重さが身にしみて
自分の表情が凍っていくのがわかりました。
この日、この本を抱えてレジには向かえなかったけれど、
いよいよ読む機が熟したのかもしれません。

