ヒナタノオト工芸帖

日本橋小舟町の工芸ギャラリー・ショップ「ヒナタノオト」の作品ノオト

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雑って?

呼び名にこだわる訳ではないのですが、
ヒナタノオトを「雑貨屋」さんと思われるのは
どうにも居心地がよくありません。

「工芸」でございますって、いばっているみたいなのはイヤですし、
私自身、個人としては雑貨屋さんが嫌いではなかったし。

ものとしての魅力には、工芸も雑貨も工業製品もなんの枠もない。
むしろカテゴリーなんてなくって、
使う人がいいなって感じられればそれでいいのでしょう。


:::


小泉誠さんの「こいずみ道具店」のnewsに、ハッとして共感する文章があった。
ちょっと長いけれど、引用させてもらいます。。


「道具のデザインをする立場から「雑貨」という言葉が大嫌いです。
たしかに雑貨屋さんを覗くと雑に作ったものが数多いのですが、
多くの手で丹念に作られた道具に「雑」がつくことが許せないのです。
名前にこだわるわけではありませんが、雑貨という言葉が
まだ成熟していないのかもしれませんね。
雑巾、雑煮、雑草のように新たな価値観を持つときが
いつかくることを願っています。
・・・・・・・」

:::


特定の作家としての名を持たない職工が、
あたりまえの仕事として作ったものの、
すこやかな美を見出したのが民芸だったとしたら、
使うためではなく、お土産としての民芸風になった時、
その美は失われたのかもしれない。

都市生活に呑み込まれていない地方や、
あるいは日本とは違う生活様式である海外の暮らしの中で必要だった用具や道具。
それらを新鮮な感覚で捉えて、美を感じるのはちっとも変じゃない。

でも・・・。
「消費者」がそう感じるだろうな、と思って「それ風」なものを作り始めたら、
それは昔のお土産民芸品とまったく同じような気がする。
今、日本の雑貨屋さんにあるものの多くに、私はそんなものを感じてしまうのです。


:::


小泉さんのコメント。
実は「雑貨カタログ」という本で、雑貨オブザイヤーの人物部門を受賞された時のコメント。
上記の文章に

「・・・・勝手な愚痴をこぼしておりますが、今回多くの皆様に支持を頂き、
とてもうれしく思っています。ありがとうございました。」

と続いています。
小泉さんも「雑貨」がもつ軽快さを否定しているのではないように思いました。
それでも、「雑」と言い切られては済まされない、技術や素材への探求やデザインワーク・・・。
そういったことにこそ、ご自分の仕事があると思われているのではないでしょうか。

ヒナタノオト。
ここでも、「雑」ではすまされないものが響き合った、
今を生きる作り手の作ったものを、紹介していきたいのです。
安くて素敵な「雑貨」を一緒に置きはしないけれど、
本来、雑貨という言葉がもつ、軽やかさや心楽しさが感じられるような雰囲気の中で。

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